研究紹介

老年精神医学研究会

老年精神医学研究会では、老年期の疾患を通じて精神症状のメカニズムの解明と病態モデルの構築を目指すこと、そしてそれらを治療戦略に応用し、患者と社会に還元することをミッションとして、さまざまな臨床研究を行っています。

具体的には、本学のウイルス学講座との共同研究としてDNAメチル化を指標とした認知症の診断バイオマーカーの研究を行っています。糖尿病・代謝・内分泌内科学講座との共同研究として認知機能障害を有する糖尿病患者に対する治療方針の妥当性の検討の研究も行っています。放射線医学総合研究所との共同研究として、変性疾患や精神症状のタウイメージングに関する研究も行っています。また、前頭側頭葉変性症の早期診断法開発および自然歴に影響する臨床・遺伝因子の探索に関する多施設共同研究や、原因疾患別のBPSD包括的・実践的治療指針の作成に関する多施設共同研究にも参加しています。

国内外の研究者と積極的に交流し、情報交換を行うことで国内外に成果を発信することを心がけています。

森田療法研究

森田療法とは慈恵医大精神医学講座初代教授森田正馬が1919年に創設した神経症性障害に対する精神療法である。森田療法研究班は慈恵医大第三病院にある同大学森田療法センターに置かれ、森田療法を立脚点にした研究を継続している。最近森田療法は海外からも注目を浴びていて海外の心理療法士や精神科医が度々見学や研修に訪れる。現在主な研究テーマとしては①病識の乏しい強迫症や自閉スペクトラム症(広汎性発達障害)に対する森田療法の応用について、②最近の社交不安症の精神病理学的検討、③高齢者患者に対する森田療法の応用について、③入院森田療法におけるうつ病の回復要因について、④ひきこもり症例に対する森田療法の技法研究がある。神経症性障害や気分障害に対する基本的な対処方法を身につけた上で、現代の新しい病態に対する研究や治療技法の開発を推進している。

精神生理研究会

本研究会の名称は、脳波、心電図、筋電図、眼球運動、呼吸運動などの生理学的指標からなる終夜睡眠ポリグラフ(polysomnography)を、精神医学研究の主な方法論とすることに由来する。精神生理学に加えて、生体リズム研究としての時間生物学、そして、睡眠学(Somnology)を立脚点とする。睡眠学は、①睡眠科学、②睡眠医歯薬学、③睡眠社会学から構成されるため、精神医学が生物学的・心理学的・社会学的側面を有するのと同様に、広範な研究対象および手法が存在する。以下の研究テーマに沿って活動している。

  1. 不眠症に対する認知行動療法による睡眠構造及び自律神経活動の変化
  2. 併存不眠症に対する個人認知行動療法に関する治療効果
  3. 慢性不眠症に対する認知行動療法に関するWeb版と集団療法の比較
  4. ヒトヘルペスウイルスを用いた客観的疲労測定による閉塞性睡眠時無呼吸症候群の重症度評価に関する検討
  5. うつ病再発予防教室対象者の残遺不眠に対する集団認知行動療法に関する検討
  6. 精神障害患者における上部消化器症状に関する研究
  7. アルツハイマー型認知症の睡眠障害に対するスボレキサントの治療効果

総合病院精神医学研究会(GHP研究会)

本研究班は身体医学の診断、治療の過程で観察される精神医学的・心理学的諸問題を多面的に研究することにより、総合病院における精神科の意義を明らかにすることを目的としている。研究内容は[1]認知行動療法研究、[2]コンサルテーション・リエゾン研究、[3]緩和ケアおよびサイコオンコロジー研究の3分野から構成されている。メンバーには総合病院精神医学に関心の高い精神医学講座の医師、臨床心理士、精神科看護師が所属している。

うつ病再発予防教室、精神科リエゾンチーム、緩和ケアチーム、認知症ケアチーム活動を通して、実臨床の中で、知識と経験を研鑽に励んでいる。

月に一度の研究会を実施し、英文抄読、症例検討、予演、他の診療科との交流等を行っている。その成果を、関連学会である日本精神神経学会、日本総合病院精神医学会、日本うつ病学会などで毎年発表している。

臨床心理研究会

本研究会では、例年「慈恵心理臨床の集い」を開催するとともに、毎月1回の定例研究会を中心に活動を行っています。

定例研究会では、関連病院の臨床心理士とオブザーバーとして各病院の心理研修生が集まり、心理テスト・心理療法に関するケース検討および研究活動の報告を行っています。内容としては、「発達障害の心理検査について」、「発達障害が疑われる学生のカウンセリングとマネジメントについて」、「大学病院のがん支援センターにおけるメンタルサポートの現状とその役割」、「性別違和に対する学校における対応について」、「血管性認知症と認知機能検査について」、「英・成人向けメンタルデイケアでのアートセラピーグループのケース」、「診断が難しい女性症例のカウンセリング」、「白血病の息子を抱える母親をどのようにサポートしていくか」など多岐に渡ります。

「慈恵心理臨床の集い」では、オープンなかたちで外部の心理臨床に携わる方々にも広くご参加いただき、毎年テーマを決めて、ケース検討会を行ったり、外部の先生をお招きしてワークショップを開催したり、毎回大変な盛り上がりを見せるとともに今後の臨床のためにおおいに役立つ貴重な機会となっています。昨年度は、前日本大学文理学部心理学科教授の篠竹利和先生をお招きして、「発達障害の心理検査から読み取れること-WAIS-Ⅲを中心に-」というテーマでご講演いただき、臨床の現場で近年益々需要が増えている発達障害の心理アセスメントについての理解を深めました。当日は、今までで最も多くの方々にご参加いただき、いつにも増して大盛況となりました。

・・・というように、臨床心理研究会は、時にはかなり白熱し、時には和やかな楽しいムードで、各病院の特徴を活かしたそれぞれのフィールドにおける、森田療法、認知行動療法、リエゾン活動、サイコオンコロジー、認知機能検査、発達障害など各人の研究テーマの探求を深める場となっています。

ニューロモデュレーション研究会

ニューロモデュレーション(neuromodulation)は、電気刺激や薬物投与によって神経機能を修飾し、症状を緩和させるものである。研究会では、おもに電気刺激による侵襲性の低いモダリティを選択し、国内外の企業と連携しながら、アンメット・メディカルニーズに応じた医療機器開発およびレギュラトリーサイエンス研究を推進している。

治療抵抗性うつ病への反復経頭蓋磁気刺激(repetitive transcranial magnetic stimulation, rTMS)の保険診療の導入、刺激条件の最適化、維持療法の標準化、モニタリング手法の開発に取り組んでいる。また、ガイドラインの推奨する薬物療法に反応しない双極性うつ病への刺激条件の確立および先進医療制度を利用した適応拡大を目指している。従来の電気けいれん療法とrTMSを組み合わせた磁気けいれん療法(magnetic seizure therapy, MST)のわが国への導入を進めている。さらに、このような介入研究と神経画像学的手法を取り入れ、病態生理の解明や治療反応性に関わるバイオマーカーの探索を行っている。

精神薬理研究会

脳は、千数百億個の神経細胞からできています。そして、それらの神経細胞の働きで、思考、感情、欲求、意欲、記憶などのさまざまな精神機能が維持されています。しかし、何らかの理由で、神経細胞がうまく働かなくなると、精神機能に問題が生じ、精神疾患(統合失調症、うつ病、不安障害、依存症など)が生じると考えるのが精神薬理学です。実際に、ほとんどの精神疾患の治療薬には、神経細胞の機能(神経伝達)を正常化させるはたらきがあります。したがって、精神科の治療薬を研究することで、精神疾患の病因をさぐろうとする方法論もあります。

精神薬理研究班は、このような考え方に基づいてさまざまな研究を行っています。まず、動物実験では、いろいろな精神疾患の動物モデルを作成して、動物の行動変化を調べたり、脳内の神経活動の異常を調べることで精神疾患の原因を探ろうとします。宮田久嗣、北角和浩らは、NTTの先端技術研究所や専修大学人間科学科との共同研究によって、覚醒剤やアルコールなどの薬物依存の動物モデルをラットで作成し、行動解析や脳内の神経機能の変化から、薬物を求める“欲求”にかかわる精神機能の構造や、その背景にある神経学的機序を検索し、最終的には、薬物依存の究極的な治療薬である“欲求”を低減させる薬物の探索研究を行っています。薬物依存の動物モデルでは、ラットが実験装置のレバーを押して覚醒剤やアルコールを求めたり、これらの薬物がもらえる場所を覚えて、その場所に移動したりします。このように動物実験では、脳を含めて直接的に研究できるメリットがある反面、対象が動物であるという限界があります。

したがって、ヒトを対象とした臨床研究も欠かすことができません。臨床研究では、石井洵平と小高文聰は統合失調症やうつ病の治療における最終目標である“リカバリー(症状レベルだけではなく、社会機能も回復すること)”を可能にする生育・社会的因子を検討する研究を行っています。古賀聖名子は統合失調症患者さんを対象に、服薬アドヒアランスの心理モデルに関する研究を行っています。また、最近ではニューロモデュレーション研究会の鬼頭伸輔らと共同で、気分障害の経頭蓋磁気刺激の作用機序を神経画像的手法(機能的MRIや近赤外線脳機能イメージング)によって解明する研究も行っています。さらに、よりソフトな(疾患からはなれて、より純粋に精神機能に焦点を当てた)研究として、小高文聰は抗精神病薬による意思決定、認知機能などの精神機能にかかわる脳内メカニズムを同様に脳内のイメージング手法によって明らかにしようとする研究も行っています。その他、宮田久嗣は新たな依存症として問題になっているギャンブルのアディクションの実態調査も日本医療研究開発機構(AMED)の研究として開始しました。

このように、精神薬理研究は、こころの働きを神経科学の立場から考えようとするものですが、それだけではなく、日々の臨床で感じる疑問や問題点を、日常臨床で使用するくすりなどの薬理学的な観点から考えていく研究分野でもあります。興味があったら、ぜひ一緒に考えていきましょう。

精神病理・精神療法・児童精神医学研究会

精神病理・精神療法・児童精神医学研究会へようこそ。

人間が人間を診ることの難しさは言うまでもありません。精神科医を志した誰もが患者さんの心を精緻に把握し、心と心を通わせ、治癒へと導くことを夢みたのではないでしょうか。その方法論として、カール・ヤスパースの現象学的記述、クルト・シュナイダーの臨床精神病理学が、治療論として森田療法、精神分析があります。これらを自家薬籠中の物にするには、地道な勉強、長年にわたる修業が必要となります。しかし、夢半ばで断念していることが多いのではないでしょうか。私どもは一生をかけると決断した精神科医の基本的素養としての精神病理学、精神療法を地道に勉強していく所存でございます。そして、一例一例を丁寧に検討し、心を精緻に把握し、心と心を通わせる方法論をブラッシュアップして参りたいと思っております。こうした一例一例を丁寧に精緻に、そして誠実に検討していく姿勢が私ども精神科医の原点と位置付けております。こうした姿勢が、患者さん一人一人の発展につながることを確信する次第です。(文責 川上正憲)